シロクマ先生のような方の周りにはあまりいらっしゃらないかもしれなが、私の周りでは結構観測された例である。中学生時代に女子グループの中でそうした事態は度々観測した*3。
グループ内で楽しくおしゃべりしつつ、特定のターゲットが居心地悪くなるような雰囲気を非言語メッセージで表す。
ある程度「場の雰囲気」を作り出せる(いわゆるリーダータイプの)女子ならば、周りを従わせるのはお手の物なので、気に入らないターゲットがしゃべり始めると全員でつまらなそうにしたり、「良かったね」などという肯定的な言葉の裏に否定や侮蔑を込める。
このようにグループ内で蔑みの対象にして玩具にしたり、居心地の悪い雰囲気を作り出して「空気が読めないお前が悪い」と非言語メッセージで伝えるのは、そういう事に向いている人にとっては案外簡単だ。 しかも言葉で攻撃するわけでも、ましてや肉体的な暴力を振るうわけでもないので、いじめとして告発もされ難いという便利なテクニックである。
そこまで悪質なケースでなくても、非言語メッセージをマネジメントして、非言語メッセージを重視したコミュニケーションを取りたがる人は居る。
例えば、ドライブ中やデート中に言う「ねぇ、疲れてない?」という言葉の裏に「私は疲れている、喉も乾いたからお茶にしたい」というメッセージが込められている事なんて普通にある事で、コレが読み取れなかったらデートは大失敗である。
よく知人が「彼氏が気が利かない」と言って怒っていたりして*4、怒るくらいなら口に出して言えばいいじゃないか、と野暮な私は思うのだが「非言語メッセージが大好きな人」は怒ったり、悲しんだりしながらも「私(俺)の気持を察しろ」とばかりに非言語メッセージで語ろうとするのである。その人のポリシーなのかもしれないが*5そこまで貫くとある意味立派である。
非言語メッセージが大好きな人達同士のコミュニケーションなんて、「お互いがお互いの非言語メッセージを読み取り合う」という高度な心理戦に突入しちゃってもう大変である。 こうしたコミュニケーションに適応しようとすると、常に相手の非言語メッセージに気を配らなければならないばかりか、こちらの非言語メッセージが曲解されないように気も配らなくてはならない。
面倒過ぎて私には出来ない*6。
このような「空気読め」とか「察してくれ」のような非言語メッセージが過剰に働く空間は本当に面倒である。